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- 全剣連合同稽古2/2 井桁崩し - 西村雅興 [2006年2月2日(木)]
Re:全剣連合同稽古2/2 井桁崩し - 岡田 [2006年2月3日(金)]



Re:全剣連合同稽古2/2 井桁崩し
岡田 [Mail]
2006年2月3日(金)
 西村ワールドが復活して毎日がまた楽しみになりました。
いつも必ず読ませてもらっています。
 
 一言書きたい時もあるのですが、なぜかまだ僕は出足と打ち抜きにまつわるその合理性のレベルで模索していまして、なかなか西村先生の境地に行けません。が、先生の仰られること、その意味大体は判ります。
 何度も稽古をお願いしていますし、一昨年の京都、僕の目前で原田先生との稽古の中で見せたあの崩れるような小手打ちは、今もはっきりと眼に浮かびます。原田先生もまったく予測が付かなかったと見ました。あれはかなり近間での井桁崩し的身体動作だと未だに確信しています。
 本当に強い剣道家と言うものは、下位の者にほとんど理合的な遣取りで打たれることは無いかと思われます。およそ剣の本質的動きとは程遠い奇抜な動きの中でいわゆる、難しい剣に当てられるということはあるでしょうが・・。あれはそんな場合とはまったく別の流れる理合いの遣取りの中でのことは言うまでもありません。

 井桁崩し的な身体動作を使えれば仰られる通り、ほとんど筋肉は使う必要がないと思います。(僕は数年前に実際、甲野先生のワークショップで体験していまして、その動きに不気味な思いをしたこと覚えています)
 
 我々はよく剣道が硬いとか柔らかいというような表現を使いますが、特に柔らかいと言われるその中でも、器用で眼先が効き、反射神経も良いという、ただそれだけでは無く、どこか野性的というか本能的というか、そんな器用さや運動神経云々のレベル越えたような驚異的な動きを発見するときがあります。それはすべて子供の試合でのことです。
人間本来の動きが日常的な運動の中で毒されずにそのまま剣道の中で弾けている、そんなとんでもない動きをを垣間見ることがあります。その身体動作がいわゆる武術的とされる動きなのかも知れませんが、これが大人に近ずくに連れて影をひそめていく、そしてほとんどができなくなる。
 そんな現象に気づいて修正しだす者が、何かの拍子にどんどんその本質的な面白さと、剣道だけでは測れきれない驚異的な人間の能力の深遠さに気づき、驚き感動する。そして原点のようなものを発見していく。これは僕の仮説です。
 
 我々は長年堆積された日常的身体動作の中から、剣道時にはまったく別の最も合理的な動きを抽出し実働させなければなりません、そこにはやはり意識する心が必要です、そしてそれを無意識レベルまで昇華させていくことができるかどうかにかかっています。
西村先生は、剣道のみならず様々な世界の本格的経験者であるが故に、その当たりが相当無意識レベルまで到達している、やっぱり類い希なる剣道家と思いました。
 やはりこのあたり、全身全霊で向かい合い、竹刀の心で感じ取りたいものです。
 
 次の稽古の機会を楽しみにしています。
 



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