患者様からの手紙 (平成15/4/11)
前略 いつもありがとうございます。 先生がお忙しいのでなかなかお話する機会がなく 失礼かとは思いましたが手紙にてお願いしたいことをお話させて頂きます。 先生にめぐり会えるまではいつも死にたいと思っていたのですが、 先生のおかげで生きる力が甦ってきたのです。 通院し始めの頃は朝四時という真っ暗で寒い時期で、辛いことでしたがそんなことより、先生にすべておまかせしていれば大丈夫という喜びで一杯でした。 そして、初めて先生が作って下さった歯はもうぴったりで、まるで自分の歯の様でした。 もううれしくて生きる自身がつき過ぎてしまったようで、今まで中断していたヘルパーの仕事を思いっきりやりたくなってしまい、予約のことではわがままを言ったりして、本当に申し訳ありませんでした。 でもこの歯のおかげで何でも食べられる様になり外で食事も出来るようになり、笑えるようになったこと、全て先生の作って下さった歯のおかげなのです。
最後に歯の事ですが、技工士の方が一生懸命作って下さっていて、病院で鏡を見る時は「あ!いいかな」と思うのですが、家に帰って来て一人で鏡を見ながら百面相をしてみると、やはり自分の顔と違うのです。 先生の作って下さったあの歯を入れた顔こそ、 昔の私そのものなのです。 噛むのも安定していて本当に入れ歯をしていると言う感覚が全くないのです。 どうしたらよいのかわからず、本当に図々しくて申し訳ないのですが、お手紙を差し上げてしまいました。 もう無理なのでしょうか。 字を書くことは苦手でつたない字で恥ずかしいのですが、すみません。 四月十一日(金)
この患者様は山梨県北巨摩郡から来院された患者様です。 最初の入れ歯は即時義歯で抜歯と同時に入れたので、口元が出ていてみっともないと思って、診断用義歯、本義歯と変えて行くに従って品の良い顔になるように歯を並べて入れたのです。 西村が見ても技工士さんが見ても、本も納得の口元・歯並びでした。 整った顔立ちにぴったりとした美人に仕上がりました。 やや出っ歯の仮の歯を申し訳ないと思いながら治療を続けてきて、やっと良い顔立ちになったと喜んでいました。 いつもは若い時の写真を持ってきて頂き、それを見ながら口元を整えているのですが、今回はどういう訳かお持ちになられませんでした。 手紙の内容から察すると、口元が出ている顔が本人のそのものの顔だった様です。 それで同じ歯並び・口元に仕上がると思って写真をお持ちにならなかった様です。 審美的には成功した入れ歯の口元でしたが、個性的な本人の口元を再現してはいなかった様です。
直ぐにお電話をして、来院してもらい作り直しました。 技工士さんが患者様の話しを聞きながら歯を並べ終わると、彼女が叫んだのです。 「先生!見て、これが私の顔なの!」 見てみると、なるほど彼女の笑顔・話し方、立ち居振るまいとぴったり合った顔になっていました。 映画で配役でいうと、二枚目の主役の顔から、二枚目半の顔で助演役の顔になっていました。 おすましの顔から表情豊かな明るい顔立ちに変化を遂げました。 これが彼女の顔だったのです。 西村が最初に入れた入れ歯にそっくりでした。 患者様は満足され大喜びで帰られました。
今日、平成16年3月8日(月)にハガキを頂きました。
大変お世話になりました。 いくつもの歯医者さんに行き、入れ歯を作ってもらたのですが、どれも馬の口みたいで、まだ50代の私にとって生きる力を失うほどの悲しみでした。 そんな私を見て、亡き夫が先生の元に行くように導びいてくれたのだと思います。 本当にピッタリの歯を作って頂き、当初は亡き夫と先生に感謝の念で一杯でした。 でも、慣れる従って次第に感謝の念を忘れてしまったのだと思います。 自分勝手なことばかり申し上げて本当に恥ずかしい限りです。 先生の作って下さいました歯のおかげで、 今は元気過ぎる程、元気に暮らしております。 これもひとえに先生のおかげだと心から感謝をしております。 本当にありがとうございます。 遅ればせながら、お礼まで。
有りがたいお手紙です。 歯科医冥利に尽きます。 西村が頂いたのは西村の決めた金額と仕事の充実感と患者様の喜びです。 患者様が手に入れたものは、『生きる喜び』です。 お金はお互いのエネルギーの交換です。 しかし、それは一本の線にしか過ぎません。 その回りに人間同士の喜びのエネルギーに満ちた交流が有るのです。 ほとんどの患者様は西村に支払われた金額とは、比較できない物を手に入れられます。 『本物の医療は患者様の心の中にある!』 この様なお手紙を下さる『感謝を知る心!』の持ち主だからこそ、ここまでの入れ歯が出来たのです。 『西村とても、患者様に生き方を越えた入れ歯は作れない!』 これが本当の事です。
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