源流の大河の一滴を捜す旅というのがある。 最初は岩間の隙間から少しづつ流れ出る細い水の流れにしか過ぎないが、海に注ぐ頃は大河になっている。 剣道を学ぶ上でルーツを知る事は大切な事であると思う。 柳生新陰流の原点はどこか?陰流はどうして出来たかを知れば、剣道の奥深い世界に到達する手引きになる。
過去に愛洲移香齋からの陰流→新陰流 →柳生新陰流については多くを書いて来た。 しかし、愛洲移香齋の情報が少なかった。 たまたま手元にあり、まだ読んでいない本をふっと見たとき、これが書いてあった。
『本邦に於いて、剣法の一大系統を開創したのは、鎌倉地福寺の僧慈音であった。 俗名相馬四郎で十才のとき鞍馬寺に於て剣法を授かり十六才の時、鎌倉に至り 地福寺の僧より、秘奥を知る。 日向の国の鵜戸岩屋にある安楽寺において大権現んに祈願した。 そして、念流をひらいた。 愛洲移香齋はこの慈音に剣を学んで後、十数年後に陰流をひらいた。 慈音の高弟には、愛洲移香齋と並んで、中条兵庫助がいた。 兵庫助は小太刀の妙諦を教えられ、やがて中条流をひらいた。 この流れが富田勢源で小太刀の流派になった。 このように剣法の系統をたどれば僧慈音から後代、天下の二大流儀に別れる。 愛洲移香齋が鵜戸岩屋に籠って二十一日参籠した。 満願の夜明け天井からの大蜘蛛が眼前に降りて来た。 白刃の閃光をあびせたが、翻弄された。 いつの間にか泥の様な眠りに落ちた。 夢裡に、白髪の老翁が出現して、「いかに、移香齋!」と笑いかけた。 「剣の秘奥は、敵を撃たんとする心からは生まれぬ。 撃たんとする心を捨てたとき、はじめて、撃つ事ができる。 申さば、おのが心の陰に在るものが、剣の秘奥を生む。」と告げて消えた。 目覚めた愛洲移香齋は、豁然として悟ところがあり、おのが流儀を、陰流と名付けた。 【西村コメント】 京都のお多福の女将さんの居間で、西村は原田先生から【不動智】と書かれた、藍染めの小さな布を頂いた。 「お前ならばこの【智】の意味が理解出来るようになるだろう」と言われた。 この時から【智】の意味を理解し、体現出来るように必死で剣道をした。 精神世界、スピリチャルの世界で、精神修行をして既に気がついていた【真我】と同じである事に気がついた。 普段は表に出て来ない本当の自分、垢に汚れていないピカピカの心、自分を護る本能、・・・これを知る為に座禅をし、瞑想をし、荒行をし、自己啓発のセミナーを受け、ヨガをし、武道をして追い求める。 本当に良い修行は自分の仕事を天職と信じきり、命がけでその本質を追い求めれば、自然に悟れて、自分にも、家族にも、社会にも豊かで貢献出来る。 西村は歯科医の仕事を天職と思い、生まれ変わっても、また歯科医になりたい思っている。 西村にとって歯科医療は歯科医道であり、歯科医院は医療道場である。 昔の剣道家が命を懸けて求めたものは、西村の歯科医療道と同じであった。
さて、【撃たんとする心を捨てたとき、はじめて、撃つ事ができる】は棒身によって捨てて出て、後は【智】にまかすと同じです。 【打とうと思わないで、思わず打っていた】 黒田鉄山先生も悩まれたところです。 原田先生の【打つ前に死ぬ!】
山川の 瀬々に流るる 栃殻も、身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ 写すとも 月も思はず、写るとも 水は思わねど、月ぞ宿れる(直心影流) 剣道は現代流のスマホでは在りません。 旧型のトランシーバです。 片側通行の通信手段、ボタンを切って相手にしゃべらせれば相手の言葉は聞こえます。自分がボタンを押して話しているとき、相手の話は聞き取れません。回りの騒音がひどい時は内容が良く聞き取れません。静かなところに場を移すと良く聞こえます。もし凄く静かで聞く事に集中すれば、話し相手の回りの雰囲気の音まで聞こえます。相手の声のトーンまで聞き分ければ、話の内容の真意までも聞き取れます。
さて、西村の書いている事は終始同じです。 皆様に理解して頂く為に色んな切り口から紹介しています。
追加 (宿題) 小太刀、あるいは中太刀をもって、長剣に対する業である。敵に向かって、その間積もりに一毛も容れず、敵の迅さに乗って、必殺の一瞬を、わが利のものとすると示した。 武蔵が言った。「迅業に対する迅業は、自明の理(ことわり)だが・・・もし、風になびく柳のゆるやかさで、敵が誘うて参ったら、なんとする?」原田先生流の攻めくち(西村も順ずる)。 先生方どのように対処されますか?
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