【記憶に残る試合】 歯科大に入って初めての東北地区の大会だった。 24歳の入学だから、高校生は中学生にしか見えない。 医師への挫折感から精神的には凶暴な虎のような状態だった。 私があたる相手は長身で上段だった。 高校時代選手でならした男と聞く。 面を打った後体当たりをしてくる。 同じ事を二度したので、生意気なやつだと思い、西村は首を抱えて投げ飛ばした。 剣道の試合では前代未聞の光景だ。 勝敗は覚えていないが、主将が後から言った。 「西村は剣道の試合で柔道をやった!」 西村的は当然のことをしたまでだから平気だった。 以後試合の前に相手の主将が来て「西村先輩、こちらの選手を壊さないで下さいね!と念押しにくることが時々あった。 この相手は後に全国学生選手権で良い成績を上げたと聞く。
東北大学へ稽古に行ったことがある。 私は試合で負けたようだ。 その後の稽古で皆殺しのように稽古をつけた覚えがある。 当時、試合後の稽古会では、試合はと稽古は違うとばかりに半殺しの目に遭わせていた。 年齢的にも六歳年上、凶暴な剣道をしていたから、当時当方地区の剣道学生の間ではボスだった。 あるとき新人戦の試合があった。 各主将は一年生の時から西村がボス猿であることは知っている。 キャプテン会議で西村が言った。 「試合は審判で決まる!当てっこの当たりで旗を挙げると、本気の面が打てない。本気で打った当たりだけ旗をあげよう」
試合が始まった。 各大学のキャプテンが審判員だ。 あれだけ言ったのに、軽い当たりに旗をあげる。 西村はナイナイと旗を横に振る。 しっかり入った時にしか西村は旗を挙げない。 試合は本格的な試合になった。 面を打って軽い小手を触られて負ける心配が無くなったからだ。 凄い試合になった。 とても新人戦の試合レベルではなかった。 本格的な試合が出来たので,選手も審判も大満足な大会になった。
剣道でよくある地域の審判が身ひいきするジャッジである。 これには困ったものだ。 歯科大、医科大の試合は県警のプロ剣道家の先生方がすることが多い。 この審判は見ていて清々しい、さすがプロの判定だと思う。
スポーツチャンバラ田辺会長は武芸百般、真の武道家だ。 この辺りの不公平なジャッジが試合を壊していることを知っています。
試合場の各コートに主任審判員を配置する。 選手はジャッジに抗議することが出来る。 主任審判員はコートの審判が間違うと,直接審判員に文句を言う。 通常の武道ではあり得ない光景だ。 試合後の表彰式の後、大会を統括してた先生方がベストジャッジ賞を選び表彰する。 公平に開かれたオープンな試合が行われる。
西村の場合だが恥ずかしい思いをしたことがある。 個人戦であった。 相手は相当強いが空手家だ。 西村に面を打とうと振りかぶろうとした瞬間に下から小手を切っている。 審判員は剣道家ではない。 早過ぎて見えないのだ。 要は自分が出来ないことは見えないのだ。 同じ事を三回繰り返した。 小手を打たれた後、遅れて面が当たり、相手の面に旗があがった。 田辺先生は剣道六段だから、西村の小手は見えていた。 「西村先生!三回同じ事をしたのは間違いだった。 三回やらずに外の手で勝てば良かったんだよ。 試合は相手を納得させ、審判員も納得させ、観衆も納得させないと勝ちにはならないのだよ!」 会長の言葉に西村はギャフンとなった。
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