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- ゴリラの様な人相が、奇麗な顔に戻る。 - 西村雅興 [2002年8月28日(水)]
その後、笑顔美人になったお礼の手紙。 - 西村雅興 [2003年1月29日(水)]



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ゴリラの様な人相が、奇麗な顔に戻る。
西村雅興 [HomePage] [Mail]
2002年8月28日(水)
大阪から来られた女性。

彼女の口はゴリラの様な人相の入れ歯が入っていた。
前の先生が上顎前歯の虫歯の根を抜かず、そのまま入れ歯を作ったのだ。
長い間に上の歯が出歯になり、それに連れて歯槽骨も増骨していた。
その上から入れ歯を入れれば、それはゴリラの様な顔になる。
何故、その先生が歯の根を抜かなかったのか、理解に苦しむ。

彼女は色んな所に行ったり、電話したりしたが思うような返事が返って来なかった。
美容整形に相談に行くと、出っ張った骨を削るのに一週間ぐらい入院し、手術料が180万円ぐらい懸かると言われた。
それに入れ歯の代金がさらに同額ぐらい懸かると言われたらしい。

世をはかなんで死にたいぐらい悩んでいた。
昔の自分の顔に戻りたい一心で、東京の西村歯科医院へ来られた。
なるほど増骨した量は半端ではなかった。
そして、噛み合わせもかなり低くなってしまっていた。

西村の治療費は上の入れ歯の三組で治す金額とその手術料と同じぐらいだた。
彼女の上顎の手術をし、入れて来た入れ歯を使えるようにして終了したのは二時半から初めて六時半だった。
翌日は消毒をし、入れ歯の痛みのある所を少し調整して帰ってもらった。
一週間後、抜歯に来院されさらに入れ歯の調整を行った。
トレーニング用の入れ歯に始まって顔の輪郭が昔のそれに戻り、診断用の入れ歯を作りあげた頃はすっかり奇麗な口元になり大喜びだった。
「先生!色んな所へ電話をしたり、出かけたりしたのよ!
ここに来て本当に良かった!次はお金を貯めて、下の部分入れ歯をインプラントにしたいと」
と言ってくれた。

下の歯の色が黄色いのでブリーチング(歯の漂白をした)。
それは上の入れ歯に白い奇麗な歯を入れるためだ。
上だけ白いと入れ歯と判ってしまうからだ。
下の歯も白くなったので、サー仕上げだ。
本義歯は色白の彼女の肌に合った、白い奇麗な歯を植えて仕上げよう。

こんな仕事は本人も喜び、大阪から来ることが楽しい。
治療している私も、相手が次第に美人になっていくので楽しい。


そう言えば、私が中学生の頃、親父が歯医者から帰ってきたら、ゴリラになったと家中で大騒ぎをしたことがあった。
親父はそれほど気にしていなかったが、皆がうるさく言うので叉その歯医者へ行った。
そしたら、今度は年より十歳以上老けた老人顔になって帰ってきた。
そこで家中が大騒ぎとなった事を覚えている。

西村が入れ歯を作るときは原則的に三組作り、次第に壮年期の顔の輪郭に戻していく。
出世魚の用に入れ歯の進行と伴に背筋が伸び健康になり、その人が自分の歯であったらこうであろうと云う顔にまで戻す。
時間も手間もかけるが、完成品はやはりそれだけの物にはなる。
レスをつける


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その後、笑顔美人になったお礼の手紙。
西村雅興 [HomePage] [Mail]
2003年1月29日(水)
西村先生 そしてスタッフの皆さまお元気でいらしゃいますか。

先生の本とめぐり逢ったのが、2001年の12月頃だったと思います。
何度も何度も繰り返し読ませていただき、そして確信を持ち直に予約のTELをさせて頂きました。
そして、2002年の1月10日に予約がとれたのですが、その日まで待ちどうしくてしかたがありませんでした。
やっと1月10日がきて、東京駅に向かう新幹線の中でウキウキしていたのを、今でも思い出します。
それから1ヶ月月に一度、二週間に一度のペースで治療を受けていたのですが、全くと言っていいくらい痛みのない治療にもビックリしました。

それから約1年がすぎて、それまでは人と話しをする時、いつも口に手をあてながら話しをしていた私が、
今では、もうステキな笑顔美人になれたのです。
あのブサイクナ私の顔が、こんな笑顔美人になるなんて、
これも西村先生に出逢えた事の運命だと思っております。

私も51才になりましたが、これからの人生、明るく楽しく生きていけるようになりました。

西村先生 本当に、本当に、有り難うございました。
この感謝の気持は、何度言っても切りがないほどです。
これからの西村先生の益々の御活躍、くれぐれもお身体にはお気をつけてくださいませ。

西村先生、スタッフの皆さま方、
本当に、お世話になり、有り難うございました。

                    北○美○


歯科医冥利に尽きるお手紙です。
治療が感性するまでには、日数も回数もかかります。
それを大阪から約1年間通い続けたのです。
治療費もさることながら、交通費もかかります。
それに仕事や家庭の都合などを考えると相当な覚悟がいります。
お金も時間も期間も手術も全て覚悟をされた成果が、
ブサイクナ顔から→笑顔美人への変貌だったのです。
大掛かりな美容外科的な処置を施し顔を再建したのです。
長い間に出っ歯になり、その歯の支えの骨が大きく出て来て、ブサイクナ顔になっていたのです。
そのうえに被せた入れ歯は、彼女の顔をゴリラの様な顔貌にしてしまっていたのです。
やるほうも、されるほうも大変な手術をし、手間ひまかけて三組かけて仕上げました。
ブサイクナおばさん顔から、ステキなお姉さん顔に変わりました。
彼女の明るい性格も相まって、ステキな笑顔美人になたのです。
外に出て人に会うのが辛かった毎日から、周りを明るくするお姉さんになたのです。

西村は覚悟が出来た明るい人なら、別人位に変える自信があります。
先ずは時間、期間、回数、費用、少しは痛い事も我慢する。
このような十分な覚悟を持って来られればの話しです。

京都から来られる患者様。
歪んだ顔、ゆがんだ口元、右下の痛い入れ歯、等その人の人格まで変えてしまった顔貌は、無念、残念の二語に尽きる人生だったと思います。

この方は、自分が一番信頼する人の紹介で来られました。
約一年間、右下はインプラントにし、上は総義歯で完成しました。
体のゆがみを取り、顎のゆがみを取り、顔の寸法を回復し全く別人の様に、年は10才若返り、肌もつやつやして終わりました。

遠くから来られる人は『覚悟が出来ている。』。
結局はここが成功のポイントなのだ。
レスをつける



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