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- 今日の稽古会で思った事。 - 西村雅興 [2015年12月7日(月)]
先日の歯科OB稽古会の反省と成長 - 西村雅興 [2015年12月10日(木)]
稽古に遠慮があると難しい! - 西村雅興 [2015年12月11日(金)]
網代先生との稽古 - 西村雅興 [2015年12月11日(金)]



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今日の稽古会で思った事。
西村雅興
2015年12月7日(月)
全歯連OB稽古

今日の講師の先生は全剣連の指導部長をされている網代先生範士八段だった。

参加者20名程の歯科医のOBの稽古会である。
ほとんどが七段になられている。
稽古の仕方も七段同士では結構良い剣道をされる。
六段と七段には雲泥の差がある。
七段はプロでない限り最高段位に等しい。
やはりあるレベルに突き抜けた感が有る。
熱心に稽古を長年すれば七段になれるものだと感じた集まりだった。

網代先生の指導+


ポイント:竹刀を振り上げてから足を出して打つは誰でも出来る。
     先ず足を出してから竹刀を動かす事だと言われた。
ポイント:右足はヒザを上に上げるのではなく、足先を相手の左右の足の間に押し込様に打つ事と言われた。
稽古のポイント
   お互いが前後に攻め合い、相手が前に来る瞬間に面を打つ稽古。
   お互いに前後に攻め合い、相手が下がる所を竹刀を上から叩き面に面を打つ。

この先生の教える所・・・・チョッと驚いた!
勝つ為には相手に打たさない事だと言われた。・・・なるほど!
相手の剣先を殺し打とうとさせない事だ。・・・なるほど!
次に相手の竹刀を上から制し(殺し)技を出ささない事だ。...なるほど!
そして相手の気を制して(殺して)勝ちを得ると説明をされた。・・・なるほど!

打ち合う前に相手を制し(殺し)て勝ちを得る剣道なのだ。
相手を封じて打つ
これは【殺人剣】と言う。

剣道の奥深さを味わうにはこれで終わっては行けない。
次のレベルの剣道の修行を心がけたい。

西村が師匠についてやって来た剣道の真逆である。
これは初級者、中級者、やや上級者のレベルの剣道である。
剣道は竹刀で相手に打ち勝っても自分の成長には何の役にもたたない。
剣道は自分の内面を観る修行である。
相手の心の内面を動かし、読み取り、自分を捨てて、相手を働かせて(活かして)、その発露である動きに応じて勝ちを得る。
自分をしてる時を見定める修行である。
いつ捨てるか・・・これが修行なのだ。
私の師匠は【活人剣】の指導をしてくれた。

誰を師匠に持つかは大切な事だと思う。

活人剣 殺人剣 の意味!

結構物知りの人の書物に【活人剣 殺人剣 の意味!】を取り違えて書いている。
活人剣を相手を殺さずに剣を使うとの意味で書いている人が多い。
なるほど字の通り『人を活かす』との意味で理解したのだと思う。
しかし、これは剣の理合、剣の理法においての話で、剣を使って相手と対峙すれば結局は相手を殺すことになる。
相手を働かせて(活かして)、相手の心を動かして相手の心の変化の動きをとらえて勝つ理合である。
新陰流、柳生新陰流:相手の【陰】(心)を動かし、操る流儀の意味である

七段レベルの審査では相手を動かし、引き出し勝ちを得ると合格間違い無し。
単に打ち勝って勝つと「若いね!もう少し修行を!」と言って落とされる。
この当たりの理解が無いと七段の合格は難しい。

腕に開が有ると、相手を圧倒し、居着かせて(相手を殺して)、相打ち等で打ち勝つ方法が有る。
相手を殺した状態で剣を使うレベルである。
六段レベルの審査ではこれが出来れば受かるのだ。
六段と七段の基本的な違いはこれの理解が出来ているかを問われている。
剣道の深い所の理解が試されているのだ。
六段審査は練習量、素質、運動神経、勘の良さで打ち勝てば受かる。
しかし、七段審査はそうはいかない。
現実には審査員の温情にて勝てば受かる場合もあるが、審査員の求めているものは活人剣である。
元立の位で相手を第三の目のチャクラで相手を観の目で見る心が必要だ。
十分合気になって押したり引いたりして相手の心を手のひらに乗せて行く。
後はいかにしとめるかである。
幸い!八段に見事合格された先生の動画が見られるので十分に考察されたい。

剣道を何十年と実際にやってくると【活人剣 殺人剣 の意味!】が真に理解出来るが、実技を伴わない学者や物書きのレベルでは情緒的理解で誤解をしている場合が多い。
【活人剣 殺人剣】をロゴ検索で引き出し読んで頂きたい。
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私事ですが!
木曜日に剣道、金曜日に水中エクササイズ、土曜にハードな水中筋訓練をやった。
日曜の朝は身体中が鉛を張り付けた様に重い。
自分の身体を思う様に動かせない。
この状態で剣道に行った。
全く自分の剣道ではなかった。
後、1ヶ月で70歳になる・・・とはこう言う事だ。
この年齢の筋肉の回復には最低48時間〜かかる。
年を取ると週に2回の稽古が適切だ。
調子に乗って少しハードにやると、身体からしっぺ返しを受ける。
今回はまさにそれだ。
自宅に帰って気落ちした顔を妻みて、つまんなさそうな顔をしていると言われた。
今日の剣道の話をすると、「それみた事か!疲れ切って稽古に行くからよ!学習しない人ね!」とコテンパンに言われた。
当たっているだけに反論の余地がない。
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先日の歯科OB稽古会の反省と成長
西村雅興
2015年12月10日(木)
先日の歯科OB稽古会の反省と成長

いつもは最初から元立ちに立って稽古をするが、今日は網代先生にお願いする関係で元には立たなかった。

ある人との稽古。
この先生との稽古は久しぶりだ。
お年を召しているが七段の立派な剣道なのだ。
久しぶりなのと、先生の前に立っている人がいないので私がお願いしたい。
いつもなら余裕で打て、捌ける相手なのだ。
出て来る所を突きが決まり、攻めて下がる所を押し込んで面が入った。
相手のお年を考えると本気になって稽古はできない。
身体は鉛を張り付けた様に動かない。
頭は霞がかかってスッキリしない状態だ。
お互いにどちらかが入れば終了の状態だ。
ここで竹刀を下げて、少し面を出し、面を誘った。
相手の先生は引き出されて面を打って来た。
しかし、私の心身は素早く反応しなかった。
見事に面を打たれて終了。
打った先生も入った様な、でも何か怪訝の様子だった。
形の上では面を打たれて完敗である。
外から見ればそう思う。
試合なれば旗が相手に上がる。

形而下では現象面を見る。
形而上ではどうなのか。
西村的には今日は稽古に来るだけの心身の覚醒が無い。
やっぱり、来るんじゃなかった。
でも、網代先生の剣道を見てみたい稽古をお願いしてみたい。
私の中に葛藤があった。
網代先生との稽古が終わり、この先生との稽古になったのだ。
稽古の最期に誘った面は、相手は引き出されたのだが、自分の方にいつもなら対応出来る状態でなかた。

反省:剣道は心身の覚醒が無い時は剣道にならず、ただの運動にしかならない。
   このようなとき、稽古に行かない、網代先生との稽古で終わっておく。
   二つの選択肢があったはずだ、それを無視した結果、面を打たれた事になる。
   剣道は稽古をする前に本当はどうしたいのかと心に聞いて行動をする。
   頭では判っているが、時々同じへまをする懲りない西村でした。

そう言えば、人生で同じ様な事を繰り返している。
今は聡明な且つ堅実な妻がいつも横にいるので、ズッコケル事が少なくなった。
今回の稽古で、おちょこちょいの自分を見てしまった。
70才にもなるのにまだまだ青臭い自分を感じた。

形、動き、目で見える事から、自分を見つめ反省し成長する。
剣道の形而上の部分が大切な例です。
先日の歯科OB稽古会の反省
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稽古に遠慮があると難しい!
西村雅興
2015年12月11日(金)
元会長との稽古
90才近い高齢なのだ。
久しぶりに敬意を表してお願いした。
西村的には最悪の体調なのだが。
先生は最古手の七段で気位も高いお人だ。
先生が打って来て打たれる事は無い。
先生を引き出して年を左右にと二つ打った。
さあー、先生が怒った「何と言う剣道をするのだ、チョンチョンと面を打つなんて!」
しかたがない、バスッと大きな面を打った、先生は満足していた。
同じ様に打とうとすると小手を斬られた。それで蹲踞。
稽古の後、挨拶に行くと、先生は目を丸して怒った。
西村君の剣道、手の内は見事だと思っている。
しかし、今日の剣道は何だ!人をおちょくる様な剣道をするな。
あの真っ直ぐに打って来た面は良い。
大変な剣幕で説教をされた。
先生は耳が遠く、こちらの話は聞こえない。
一方的に叱られたが、このお説教が心地よかった!
私を思う気持ちに溢れていたからだ。
もし、心身が覚醒していたらどうだっただろうか。
本気ですっ飛んで打って行って良いものやら。
私としては相手を引き出しそこを取るのが私の剣道だ。
それをすれば、先生の気位からは許せないだろう。
このような時、稽古の仕方に迷う。
これから、稽古に遠慮が入るときはお願いしない事だなあ!と思った。
西村70才の剣士、90才の剣士に説教される。
老人が老人を叱る剣道の一コマでした、
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網代先生との稽古
西村雅興
2015年12月11日(金)
網代先生との稽古

先生が攻めて打とうとするが西村は動かない。
先生が無理に打とうとすると、西村の胸突きで止まる。
先生が西村を攻めあぐねる。
こんな事をしていたら、攻め合いのお見合いになってしまう。
小手から面に打って出た。
先生の面はそこに無く、胴を取られて終了。
このレベルの先生にも西村は気位を落とさないから打たれない。
気位を落として打って出ると、案の定捌かれた。
西村がいつまでも突っ張っていると、いつまでもお見合いで終わってしまう。
打って出て入る様な相手ではない。
剣道は打って出た方が負けなのだから。
終わらせるには不本意ながら打って出て、取られて終了となる。


稽古の後、挨拶をすると先生が言った。
「堂々とした立派な構えです。」
先生は西村の姿勢や構えの事を褒めたたのだろうか。
先生が攻めても動じない心の構えを褒めてくれたのだと思う。
形として構えが良かっても、攻められてうろたえればどうしょうもないことだ。
構えの後ろ、中にある動じない心を褒めてくれたのだ。
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