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原田先生秘蔵映像の解説--6
西村雅興
2015年1月8日(木)
京都大会 対 羽柴稔惇先生

蹲踞から立って遠い間合い。
原田先生間を詰めるも、羽柴先生は全く動ぜず。
原田先生の得意の表から竹刀を下げる、裏から竹刀を下げるが、相手を動かすには不十分。
不十分どころか、相手は心が全く動かず、しらーと見ている。
しかし、原田先生大きな面を打つ。
スローで見て、コマ落としで見て、空中の一瞬を見れば原田先生の大きく足が出る面が見えます。
弟子としては師匠の伸びやか(やや過ぎる)な面を参考にしたい。

しかし、何故打ったかは不明。・・・打てないのに打ってしまった!
体は上ずり、竹刀も高く、打っている途中に、これはシマッタと感じている。
羽柴先生は竹刀の延長を絶えず正中喉元を攻めている。
原田先生が何をするも動じない。
逆に羽柴先生が竹刀を下げ、面を見せながら攻め入る。
下を攻め、面を見せる絶妙に斬り間に入る。
原田先生、相手の攻めの鼻に打つも、引き出された面になる。
原田先生の竹刀の先は頭の後ろまで振りかぶっている・・・普段はここまで竹刀の先が後方に行く事はない。
竹刀を撃ち落とされた。
最後に原田先生は強い攻めを見せると、さすがに羽柴先生も動揺した。

試合としては引き分けだが、剣道は羽柴先生の完勝!
原田先生を者ともしない羽柴先生はたいした者だ!
そこで羽柴先生の事を少し調べた。

第35回青森国体、東京都優勝(監督、羽柴 稔惇)
新宿区剣道連盟会長
全日本剣道連盟結成につながった第2回大会の団体戦で優勝した大義塾のメンバー。左から山本孝行、中村太郎、大谷太応、羽柴稔惇の各選手剣道復活の契機となった日光大会1951

第35回青森国体、東京都優勝(監督、羽柴 稔惇)

【羽柴稔惇先生語録】              1998年4月29日
一、剣道は、強弱の変化、穏急の変化が重要である。特に、勝負を決めるポイントでは、
  相手の竹刀をパット押さえるなど、様々な中に穏急と強弱が必要だ。一、面だけでも、
  数多くの打ち方があり、穏急と強弱がある。一般には、速く強く打とうとするが、弱く
  遅く打つ方法もある。この打ち方にはサエがある。
一、剣道には、時間の「間」、距離の「間」がある。「間」を自在にできる者ほど上級者と
  なる。他の大半の競技には間がなく、あっても重要な問題ではない。しかし、剣道に
  おいては「間」こそが大切である。
一、間合は、「左足で盗む」。その場合も必ずすり足。右手を殺し、左手で打ち切る。
一、ただ打つだけの剣道、当てるだけの剣道には、次の発展はない。
一、斎村五郎先生(持田盛ニ先生とともに昭和の剣聖と称された)は、「初太刀の一本」を
  常に説かれた。剣道は初太刀の一本で決まり、日頃の稽古でも初太刀の一本を大切に 
  すべきだ。



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